【だんじり祭りの起源と由来】

【HN:子猫のつぶやき】
大阪を中心に広く行われている秋の風物詩「だんじり祭り」。
重さ数トンにも及ぶだんじり(山車)を曳いて街を疾走し、交差点を勢いよく曲がる「やりまわし」の光景は、皆さんも一度は見たことがあるかと思います。
今日はこの祭りの始まりについてお話ししていきます。
だんじり祭りのおこりには、大きく分けて2つの説がありますが、どちらも江戸時代中期(1700年代初頭)に始まったとされています。
1.五穀豊穣を祈る「稲荷祭り」説(最も有力な説)
1703年(元禄16年)、岸和田藩主であった岡部長泰(おかべ ながやす)公が、城内の稲荷社にて五穀豊穣(米などの作物が豊かに育つこと)を祈願して行ったお祭りが始まりとされています。
町民に対して城内への参拝を許可し、あわせて太鼓や踊りなどの芸能を披露させたことが現在の賑やかな祭りの原点と言われています。
2.疫病退散を祈った「夏祭り」説
もう一つの説は、1702年(元禄15年)に岸和田城下の三の丸にあった牛頭天王社(現在の岸城神社)で行われた夏祭りです。
当時流行していた疫病を払い、町民の無病息災を祈るために「檀尻(だんじり)」を出して練り歩いたのが始まりとされています。
「だんじり」の名前の由来
祭りで曳く山車のことを「だんじり」と呼びます。
語源には諸説ありますが、神様が乗る「堂屋台(どうやたい)」が転じたという説や、構造上の車輪(車軸)に由来する説などがあります。
もともとは神様を迎えるために町中を巡行する行事とされていましたが、時代の変化とともに町衆のエネルギーによって「町同士の気概のぶつかり合い」や「曳き手の威勢の良さ」を魅せる祭りへと進化し、今知られているような現在のスピード感あふれる「やりまわし」が名物のダイナミックな祭りへ発展してきたようです。
だんじり祭りはその激しさから、怪我人が出る事故が起こってしまうことも事実としてあります。
今年のだんじり祭りでは死者も出たとのこと。
ネットには中止すべきとの声がありますが、地域の祭りでは高齢化や人手不足が問題になってきている昨今の状況を鑑みると、ただ中止するだけで対処しては祭りの存続に関わると思います。
見物人にとってはダイナミックな催しは見物ですが、もう少しスピードを落とすなどの対策を行い、万全な注意を払って祭りを継続することが必要なのではないでしょうか。
今年は長雨もあり作物が育たなかったりしたので、一段と力が入っていたのかもしれません。
亡くなられた方にお悔やみ申し上げます。

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