【渋沢栄一と北区】

【HN:小梅だより】
新一万円札の肖像として知られる渋沢栄一は、「日本資本主義の父」と呼ばれています。
そんな渋沢栄一と東京都北区王子とは、実はとても深い縁があります。
渋沢栄一は明治時代に飛鳥山へ住居を構え、その後、本邸として亡くなるまでの約30年間を過ごしました。
当時の飛鳥山の邸宅には、国内外の要人や実業家が数多く訪れ、日本の経済や社会の発展について熱く語り合う場となっていたそうです。
また、渋沢栄一は王子地区の産業発展にも大きく貢献しました。
王子製紙の前身となる「王子抄紙会社」や、現在の「国立印刷局」の設立に関わるなど、北区が日本有数の工業地帯として発展する礎を築いた人物の一人でもあります。
現在、飛鳥山には青淵文庫(せいえんぶんこ)や晩香廬(ばんこうろ)、渋沢史料館など、渋沢栄一ゆかりの施設が残されており、その功績や生涯を学ぶことができます。
歴史ある建物や庭園を巡ることで、近代日本の発展を支えた渋沢栄一の息づかいを身近に感じられるでしょう。
そして、その飛鳥山のすぐ隣にある国立印刷局東京工場では、今まさに一万円札に渋沢栄一の肖像が印刷されているということも、印刷業に携わる人間として本当に感慨深いエピソードです。
王子は、渋沢栄一が暮らし、未来の日本を思い描いた特別な場所。
そんな歴史と文化に触れ、日本の近代化を支えた偉人の足跡を身近に感じてみるのはいかがでしょうか。
お財布にある一万円札が、少し違って見えてくるかもしれません。


